タイのバンコク病院内にあるワタノソットがん病院(Wattanasoth Cancer Hospital)で院長を務める、ティラウッド・クーハプレマ先生。日本、タイ、アメリカでの診療・研究経験から、がん治療に関する世界的な知見を持ち合わせ、現在も診療に携わっています。これまでの経緯や、民間では国内初のがん専門病院であるワタノソットがん病院での診療、がん治療に関する理念についてお話を伺います。

ティラウッド・クーハプレマ先生のこれまでの経緯

1973年に日本文部省から奨学金を受け、東京医科歯科大学医学部へ留学しました。日本で医師免許を取得したのち、消化器外科医として臨床(実際に患者さんを診察・治療すること)の経験を積みます。
1983年12月にタイの医師免許を取得し、腫瘍外科の専門医となりました。1993年にタイへ帰国後は、タイ国立がんセンターへ。その後1995年から米テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの留学を経て、2003年には再びタイ国立がんセンターに戻り、所長として10年間務めました。
バンコク病院内のワタノソットがん専門病院の院長代理を経て、2014年からはバンコクのワタノソット病院で院長を務めています。

ワタノソットがん病院でのがん診療

血液がんを含めた、あらゆるがんの治療を行う

ワタノソットがん病院は、民間では国内初のがん専門病院です。
当院は4つの陽圧室(抵抗力の弱い患者さんを周囲の汚染から保護するために気圧を上げた部屋)を有し、固形がん(臓器や組織などで塊をつくるがん)のみならず、骨髄腫などの血液がんを含め、あらゆるがんの治療を手がけています。

メディカルツーリズムが盛ん、外国人の患者さんを多く受け入れる

2018年現在、当院を訪れる患者さんの4割は外国からの患者さんで、メディカルツーリズム(居住国とは異なる国・地域を訪ねて医療サービスを受けること)が盛んに行われています。患者さんの内訳としては、中東、ミャンマーからの訪問が多いです。
現在、重粒子線がん治療の導入を計画しており、今後さらに外国からの患者さんを受け入れていきたいと考えています。また、現在建設中の新棟は、国際病院としてオープンする予定です。

重粒子線がん治療とは
X線による放射線治療に比べて正常組織への影響が少なく、ピンポイントでがん病巣を破壊する治療法

最先端の医療と科学的根拠をもとに、がんの予防と早期発見に努める

当院では、最先端の医療と科学的根拠をもとにした検診を通じて、がんの予防と早期発見にも力を入れています。全身のがんを調べることができるPET(陽電子放出断層撮影)検査に加えて、がん種に応じて詳細な検査が可能です。たとえば、胃カメラ、子宮頸がん検査、マンモグラフィーなどがあります。
また、がんが発見された場合には、患者さんご本人だけでなく、ご家族のがん罹患リスクを考慮し、早期発見につなげることも大切と考えています。

米テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターと提携を結ぶ

当院は、がん治療に関して米テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターと提携を結んでいます。現在は姉妹病院として、共同研究・教育を実施しており、定例カンファレンスでは、実際の症例をもとに議論を交わします。
将来的には、米テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターのCo-brand(共同ブランド)に発展することを目指しています。

タイにおけるがんとその治療

免疫療法が注目を集めている

男女を合わせたタイの主要5大がんは、肝臓がん、肺がん、乳がん、大腸がん、子宮がんといわれています。(2018年現在)
がん治療において2013年に免疫療法が導入され、注目を集めています。免疫療法とは、人が本来持つ免疫力をコントロールすることで、がん細胞を排除する治療法です。

がんに対する集学的治療の意義

外科的治療(手術)、化学療法、放射線療法、薬物療法などを組み合わせる

悪性腫瘍(がん)の治療においては、集学的治療がもっとも重要であると考えます。
集学的治療とは、がんの種類や進行度に応じて、外科的治療(手術)、化学療法(抗がん剤など、化学的な薬を用いる治療法)、放射線療法、薬物療法など、さまざまな方法を組み合わせて治療することです。
たとえば、直腸がんや肛門がんを手術で切除した場合、術後に人工肛門をつける必要があります。人工肛門の造設は、患者さんのQOL(生活の質)を低下させることがあるため、ケースによっては手術よりも化学療法を選択すべきだと考えられます。

がんの病理や、患者さんの栄養管理・社会的側面も考慮する

さらに、集学的治療を実現するには、がんの治療法のみならず、がんの病理や患者さんの栄養管理、社会的側面などを考慮して治療を行うことが重要です。そのためには、医師、看護師、ソーシャルワーカー、栄養士など、多くの医療従事者が1つの医療チームになり、知識や経験を集結させる必要があります。
当院では、がん治療に際して必ずカンファレンスを行い、あらゆる視点から議論を交わします。

患者さんの”Body, Mind, Spirit”を尊重して治療に臨む

がん治療のみならずすべての治療には、患者さんの”Body, Mind, Spirit=体、心、魂”への尊重が必要だと考えます。病気はとかく患者さんの「体」に目が向きがちですが、患者さんの心(思考)と魂(感情)を尊重しなければ、よい医療には辿り着けないでしょう。

1995年、阪神淡路大震災の際、タイ政府の医療チームの一員として被災地に赴きました。ある高齢の女性が「もう1週間くらい眠れない」と訴えるので、睡眠導入剤を処方しました。ところが彼女は「昨日きた先生にも睡眠薬をもらいましたが、飲んでいません。」といいます。
「なぜ飲まないのですか?」
「—寝ているときにまた地震がきたら、今度こそ、自分も死んでしまう。あの地震で家族はみんな、死んでしまった。」
なるほど、彼女は地震への恐怖から不眠に陥っている、と思いました。
「私はタイ人です。私も、地震は怖い。でも、タイからここへやってきたのは、2回目の地震が起きないと確信したからです。どうかこの薬を飲んでください。1週間も眠らずにいたら、人の体は病気になってしまいます。」
少しの間があって、「わかった」という答えがありました。

翌朝、彼女のもとを訪ねました。ところが、どうも薬の数が減っていない。
「薬、飲まなかったんですか。」
「ありがとう。薬はいらなくて、昨晩はゆっくりと眠れましたよ。」
彼女の笑顔は、清々しいものでした。

地震への恐怖が彼女を不眠にもたらしている。それは、体に起こる症状だけをみていたら知り得ない情報でした。人にはそれぞれ、心や魂に沿ったシナリオがある。それは薬だけでは治療しえないのです。
この出来事は、患者さんの”Body, Mind, Spirit=体、心、魂”への尊重がよい医療につながることを私に確信させてくれました。

ワタノソットがん病院で治療を受ける際には

現在、がん治療に関して自ら診療に携わるほかに、診療のディレクションを行なっています。私はおもに日本で消化器外科医としての経験を積み、さらにタイとアメリカで知見を増やしました。よって、がん治療においては、3国それぞれの医療を踏まえて、治療法を検討・決定しています。
また、現在でも東京医科歯科大学とのつながりを有し、帰国後のフォローへ移行する手立てもスムーズです。

ティラウッド・クーハプレマ先生からのメッセージ

日本は、私の第2の故郷です。
がん治療には不安が伴うと思いますが、私たちは患者さんが納得するまで、治療の選択肢や可能性についてきちんと説明をします。もし、日本で治療を受けたいと考える場合には、しっかりと病院を紹介します。
また、タイでがん治療を受けたいと考えたときには、安心して当院へお越しください。